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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)11949号 判決

原告

太陽建設株式会社

右代表者

米倉續

被告

富士物産株式会社

右代表者

田中秀明

被告

田中秀明

右二名訴訟代理人

瑞慶山茂

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金一四〇〇万円及びこれに対する昭和五七年一〇月二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

l(一) 原告は、建売建築、土地分譲等を業とする会社である。

(二) 被告富士物産株式会社(以下「被告会社」という。)は、不動産売買、仲介等を業とする会社であり、被告田中秀明(以下「被告田中」という。)は、被告会社の代表取締役である。

2 原告は、昭和五四年一二月上旬、被告会社から別紙物件目録記載(一)(二)の土地(以下、「本件土地」という。)が売りに出されていることを紹介されたので、被告会社との間で、次のとおりの仲介契約を締結し、被告会社に仲介を依頼した。

(一)  仲介の目的 本件土地を建売住地として買い受けること

(二)  仲介手数料 売買代金の二パーセント

(三)  支払時期 内金一〇〇万円は売買契約締結時、残金は物件の引渡、所有権移転登記完了後に支払う。

3 原告は、被告会社の仲介により、昭和五四年一二月一八日、清商事有限会社(以下「清商事」という。)から、本件土地を建売住宅用地とする目的で、次の約束で買い受けた。

(一)  代金 九二三八万円

(二)  代金支払時期 契約締結時に手附金として八〇〇万円、昭和五五年一月一六日に二〇〇万円、宅地造成工事完了後、所有権移転登記と引換えに残代金をそれぞれ支払う。

(三)  売主は、本件土地を次のとおり宅地造成する。

(1) 別紙図面のとおり七区画の宅地とすること。

(2) 都市計画法その他関係法令に適合した建物を建築することができるように道路及び給排水の施設を設け、直ちに建築確認を受けることができる宅地とすること。

(四)  引渡義務の履行期 昭和五五年三月二二日

4 原告は、右同日前記各契約に基づき、清商事に対し手附金八〇〇万円、被告会社に対し、仲介手数料内金一〇〇万円を支払い、昭和五五年一月一四日に清商事に対し、中間金二〇〇万円を支払つた。

5 不動産仲介業者の義務

不動産仲介業者が不動産売買契約の仲介をする場合、業者は善良な管理者の注意義務をもつて委任事務を処理する義務があり、特に、仲介物件に法令上の制限などの権利の瑕疵がないかどうかについて調査し、依頼者が損害を被ることなく、また契約が支障なく履行されて依頼者が契約の目的を達するよう配慮して仲介事務を処理すべき義務がある。

6 本件土地については、次のような瑕疵が存在していたにもかかわらず、被告会社は、この点についての調査及び原告への説明義務を尽くさなかつたばかりか、かえつて事実に反した説明をした。

(一)  本件土地の周囲の通路部分は私有地であり、その所有者が右部分を道路とすることに同意していないので、本件土地は建築基準法所定の接道義務を満たしていない。

(二)  沼南町では、五〇〇平方メートル以上の土地の宅地造成については、準開発行為として、あらかじめ、町長の承認を受けることを要するものとされているところ本件土地の宅地造成は右準開発行為に該当する。

7 原告は、被告会社に対し、清商事において右瑕疵を除去するよう申し入れることを求めたが、被告会社はこれを放置し、そのため、清商事が、昭和五五年五月一日、本件土地につき加藤文子(以下「加藤」という。)に同日付売買予約を原因とする所有権移転請求権仮登記を経由させる事態を招いた。

8 前記瑕疵は、契約の履行期を過ぎても除去されなかつたので、原告は、昭和五五年五月一二日、清商事に対し前記売買契約解除の意思表示をすることを余儀なくされた。

9 原告の被つた損害

原告は、被告会社の債務不履行により次のとおりの損害を被つた。

(一) 被告会社に支払つた仲介手数料内金 一〇〇万円

(二)  本件売買契約の手附金、中間金 合計一〇〇〇万円

(三)  右一〇〇〇万円及び前記加藤の所有権移転請求権仮登記経由に伴い、本件土地に関してした仮処分申請事件に要した保証金五〇〇万円についての借入利息 四六一万二五〇〇円

(但し、昭和五五年七月三日から昭和五八年七月三日までのもの)

(四)  本件土地の分譲、転売による得べかりし利益 九二三万八〇〇〇円

(五)  本訴及び前記仮処分申請事件の費用 合計二〇〇万円

以上合計 二六八五万〇五〇〇円

10 本件仲介は、実際には被告会社の代表取締役である被告田中が行つたもので、被告会社の前記義務違反は被告田中の不注意によるものである。被告田中には代表取締役として職務を行うにつき重大な過失があり、これにより原告に右と同額の損害を被らせた。

よつて、原告は、被告会社に対しては、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、被告田中に対しては、商法二六六条の三の損害賠償請求権に基づき、それぞれ、前記損害額の内金である一四〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五七年一〇月二日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。なお、原告は不動産仲介業も営んでいる。

2  同2の事実のうち、仲介目的は否認し、その余は認める。

被告会社は、原告から宅地として他に転売する目的の土地としての売買契約の仲介を依頼された。

3  同3の事実のうち、原告が本件土地を建売住宅用地とする目的であつたことは否認する。(三)の約定は知らない。その余は認める。

4  同4の事実は認める。

5  同5のうち、仲介業者は、依頼者が損害を被ることなく契約の目的を達することができるよう、仲介事務を処理すべき義務を負う旨の主張は争う。

6  同6の事実は否認する。

7  同7の事実のうち、加藤が本件土地につき所有権移転請求権仮登記を経由したことは認めるが、その余は否認する。

8  同8の事実のうち、原告が昭和五五年五月一二日、清商事に対し、本件売買契約解除の意思表示をしたことは認め、その余は否認する。

9  同9の事実は知らない。

10  同10のうち、本件仲介は被告田中が行つたことは認めるが、その余の主張は争う。

三  被告らの主張

1  本件売買契約は、昭和五四年一二月一八日に締結されたものであるから、宅地建物取引業者のなすべき重要事項の説明等は、改正(昭和五五年五月二〇日施行)前の宅地建物取引業法(以下「宅建業法」という。)三五条一項によるべきところ、本件売買に関し、被告会社の代表取締役であり担当者であつた被告田中は、右条項に規定されている重要事項の調査及び説明義務を尽くした。

2  本件土地に接している私有地については、沼南町では、公道と同等とみなして非課税とし、建築基準法四二条一項に規定されている「道路」として取り扱つている。

3  沼南町との事前協議は、単なる行政指導にすぎず、法的拘束力を持つものではない。

また五〇〇平方メートル以上の土地の開発行為が県知事の許可の対象とされたのは昭和五五年一〇月一〇日以降であり、それまでは県知事の許可の対象とされたのは一〇〇〇平方メートル以上の宅地開発だけであつた。

4  本件売買においては、五〇〇平方メートル未満の各筆ごとに別個に契約を締結している。

本件土地が事前協議の対象とされたのは、原告が本件土地を一括して売りに出したためである。

5  原告は、不動産仲介業も営んでいるのであるから、不動産取引に関しては一般人に比べ高度の知識、経験を有しており、買主としても物件の調査義務を負つていたものというべきである。本件土地の周囲の通路部分が私有地であることは、登記簿、公図の記載から直ちにわかることであるし、被告らは原告代表者を現地に案内し、売買契約書添付の物件説明書、図面等によつて本件土地の位置、形状等を説明しているのであるから、原告としても自らこれを調査、確認すべきである。現に、原告は、沼南町役場に行き請求原因6、(一)、(二)記載の事情を調査し、これを承知の上で本件売買契約を締結した。

四  被告らの主張に対する認否

1  被告らの主張1ないし4の事実はいずれも否認する。

2  同5のうち、原告が不動産仲介業も営んでいることは認める。但し、従たる営業にすぎない。原告が調査をしたこと、すべて承知の上であつたことは否認する。

原告は、仲介業者である被告らを信頼して物件の調査と仲介を委託したのであるから、原告自身が本件土地について調査を尽くさなかつたとしても、原告には何ら責められる点はないし、被告らの責任が軽減されるものでもない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実、同2の事実のうち、仲介目的を除くその余の事実、同3の事実のうち、原告が被告会社の仲介により、昭和五四年一二月一八日、清商事から本件土地を右記載(一)、(二)、(四)の約束で買い受けたこと及び同4の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二1  〈証拠〉を総合すれば次の事実が認められ、原告代表者の供述のうち右認定に反する部分は採用しない。

(一)  原告と被告会社とは、本件以前に、千葉県市川市所在の土地について、買主原告が売主被告会社から、右土地を六棟の建売住宅用地とする目的で買い受けるという取引をしたことがあり、その際には開発行為の許可を得た。

(二)  原告は、右取引後も被告会社に対し、すぐに家を建てることができる安い土地があれば購入して他に転売したいから、紹介して貰いたいと依頼していたので、清商事が本件土地を売却することを知つた被告会社は、原告にこれを紹介した。

(三)  右紹介の時点では、清商事が本件土地を宅地造成した上で売却するということは決まつていたものの、具体的な区画数、区割は確定しておらず、別紙図面の様な区画数、区割は、売買契約締結の際に、原告と清商事との話合いによつて決定された。

(四)  原告は、右売買契約締結後間もなく、被告会社に対し、本件土地を建売住宅用地として売りに出すことを依頼し、被告会社は、原告の指示に基づいて価格、区画数、区割などを記載した販売用チラシを作成して、専門業者等に配布した。

2  右の事実によれば、仲介契約及び売買契約締結の時点で、原告が自ら本件土地上に建売住宅を建築して分譲することを目的としていたとまでは推認することはできないものの、少なくとも、速やかに建築確認を得ることのできる建売住宅用地として、他に転売する目的であつたこと及び仲介契約締結にあたり被告会社も原告の右の様な目的を了解していたことを推認することができるし、原告と清商事との間の売買契約において、請求原因3、(三)、(2)の約束がなされたことを推認することができる。

三本件土地に関する建築基準法上の接道義務及び本件土地を宅地造成するについての規制等について

1  〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  千葉県東葛飾郡沼南町高柳字中島込一五六一番九の土地の内本件土地に接した部分(以下「本件通路部分」という。)は、酒巻好一(以下「酒巻」という。)の所有であつて、道路位置指定を受けていないため、千葉県東葛飾都市計画事務所では、本件通路部分は建築基準法四二条所定の道路と認めることはできず、従つて本件土地について別紙図面のとおりの区割では建築確認はできない旨の見解をとつていた。

(二)  沼南町では、

(1) 開発行為に関する指導要綱(以下「指導要綱」という。)を定めており、昭和五五年一一月の指導要綱改正以前においては、一〇〇〇平方メートル未満の土地の宅地造成についても、それが五〇〇平方メートル以上の規模のものである場合には、都市計画法二九条に規定されている県知事の許可を必要とする開発行為に準じて事前協議等の行政指導の対象とする旨定められていた。

(2) 宅地造成される土地が二筆に分かれていても所有者が同一で一体の土地である場合には一括して取り扱い、その合計面積により指導要綱を適用するという取扱いをしていた。

(三)  本件土地は、面積合計二九八坪(約983.4平方メートル)として、二筆が一括して売買の対象となり、宅地造成も一括して行われたから、指導要綱に規定された行政指導の対象となるものであつた。

2  右事実に照らせば、本件土地は、接道義務の点においても、行政指導の対象となる点からみても、宅地造成工事完了後速やかに建売住宅用の建築確認を得ることができたかどうか疑問であつたと言わざるを得ない。

四被告会社の調査義務について

1  〈証拠〉を総合すれば、被告会社は、宅地建物取引業の免許を得て右事業を行つている者であることが認められる。

2  宅地建物取引業者には、宅建業法により不動産取引の仲介にあたつて重要事項の説明義務が課されているほか、不動産仲介契約は準委任契約と解すべきであるから、受任者としての善良な管理者の注意義務も課されており、右説明義務の前提として、あるいは右善良な管理者の注意義務の内容として当該不動産仲介契約の具体的内容に応じた調査義務が課せられているものと解するのが相当である。

3  本件の場合は、前記のとおり、仲介契約の目的が、速やかに建築確認を得ることのできる建売住宅用地としての売買である以上、被告会社は、本件土地が、右目的に適合する条件を備えているかどうかという点、すなわち本件においては、接道義務の問題、指導要綱に規定された行政指導の問題につき調査及び説明義務を負うものと言うべきである。

五被告会社の調査及び原告への説明について

1  指導要綱に規定された行政指導について

〈証拠〉によれば、被告会社代表者である被告田中が、沼南町役場に、電話で、開発行為とは何平方メートル以上の土地についていうのかという問い合わせをしたことは認められるが、更に進んで、行政指導の対象となる基準、具体的に本件土地が行政指導の対象になるかどうかについて調査したと認めるに足りる証拠はない。

2  接道義務について

(一)  〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 沼南町では、本件通路部分を事実上公衆用道路と認め、建築基準法四二条の道路として扱つてきており、酒巻も同町の右扱いを承諾していた。

(2) 被告田中は、沼南町役場において、同町の右取扱いを調査確認した上、原告にその旨伝えた。

(3) 沼南町においては、本件通路部分と同様の道路しかなくても建築確認を得て建物が建築されており、同町では、本件土地についても一、二年毎に二棟を限度として申請をすれば建築確認を得ることができるという見解であつた。

(4) 建築確認の最終判断は、県の出先機関である千葉県東葛飾土木事務所においてなされるが、沼南町の方で道路関係のチェックをするため、開発行為等の行政指導の対象とならなければ、道路について県の方で判断することはなかつた。

(二)(1)  右事実によれば、被告会社は、本件通路部分に関する沼南町の取扱いについて一応調査し、その上で本件通路部分が建築基準法四二条の道路としての扱いを受けているものと判断していることが認められるが、同町の右取扱いは、開発行為等の行政指導の対象となる場合を予定したものではなく、それ故、前記の千葉県東葛飾都市計画事務所の見解と異なつていたものと考えられる。

(2)  そうであれば、本件通路部分が、本件土地に関し建築基準法四二条の道路として十分であるかどうかという点については、本件土地の宅地造成が行政指導の対象となるのかどうかということと密接な関連性があると言わざるを得ないが、被告会社がその点について十分な調査をしたと認めるに足りる証拠がないことは前述のとおりである。

3  以上によれば、被告会社は、本件仲介に際し仲介業者としての調査義務を尽くしたと言うことはできない。

五原告の調査の有無について

1  原告が不動産仲介業も営んでいることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すれば、原告代表者は宅地建物取引主任者証の交付を受けていることが認められる。

2  〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められ、原告代表者の供述のうち右認定に反する部分は採用しない。

(一)  被告田中は、昭和五四年一二月初めころ、売買契約締結に先立ち、初めて原告代表者を本件土地に案内した際に、原告代表者に対し、沼南町では本件通路部分を公道と同様に扱つている旨告げ、自ら確認するように求めた。

(二)  原告代表者は、その後、売買契約締結前に沼南町役場を訪れ、同町建設課職員山口至康(以下「山口」という。)に会い、本件土地に家を建てることができるかどうか確認したところ、山口から、二筆の土地でも所有者が同一であり五〇〇平方メートルを超えれば行政指導の対象となること、一棟の家だけの建築であれば本件通路部分は建築基準法四二条一項三号にいう道路にあたるから建築確認は可能である旨の説明を受けた。

(三)  原告代表者は、右説明を受けた上で、被告田中に対し、道路については問題ないようであるから売買の話をすすめて欲しい旨連絡している。

3  以上の事実を総合すれば、宅地建物取引主任者証の交付を受け、従たる業務とはいえ不動産仲介業も営む会社を経営している原告代表者としては、前記山口の説明を聞くことによつて、本件通路部分程度の道路では別紙図面のような宅地造成をしても計画どおりの建築確認が得られないことを容易に理解できたものと考えられる。それにもかかわらず、二、1、(三)で認定したとおり、売買契約締結に際し、清商事との間で別紙図面の区画数、区割で宅地造成をすることを合意したのであるから、本件土地について、宅地造成完了後速やかに建築確認を得ることができないような状態に至つたのは、むしろ原告が自ら招いた結果であると言わざるを得ない。

六以上の次第で、被告会社には不動産仲介業者としての調査義務を尽くさなかつた義務違反が認められるものの、仮に原告が本件土地売買に関して何らかの損害を被つたとしても、それは、いわば原告の自招行為によるものと認められ、被告会社の調査義務違反との間に因果関係は認められないものと言うべきである。

七よつて、その余の点(被告田中に対する商法二六六条の三に基づく請求を含む。)について判断するまでもなく原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(大城光代 春日通良 團藤丈士)

物件目録〈省略〉

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